顕正新聞、平成5年11月15日号の内容を紹介します。
「阿弥陀仏の願心」首都圏に響流
政治、経済、文化の中心、外道邪教の巣窟、首都圏を覆う濁世の迷闇を晴らさんと、首都圏でのご法話が、10月3日開催されました。
会場の東京ベイNKホール(浦安市)には、無上仏の慈光に照育された親鸞学徒が、全国各地から阿弥陀仏の本願を聞かせていただきたいと集まり、「浄土真宗、今盛んなり」の実証でした。
高森先生は、「阿弥陀仏の願心」を演題として、十方衆生を無碍の一道に救わんと誓われた無上仏のみ心を大獅子吼なされ、極悪深重の衆生が光明の広海に雄飛する無二の白道が、ここに明らかにされました。
東京ディズニーランドに隣接する6000人収容のNKホールに、午前8時の開場と共に、首都圏各地から参詣者が訪れ、会場は親鸞学徒であふれ、求法の熱気に満ちていました。
ご講演要旨
阿弥陀仏の願心とは何か。
親鸞聖人は『正信偈』に、
如来、世に興出したもう所以は、唯、弥陀の本願海を説かんとなり
と記されている。仏教は、阿弥陀仏の本願一つを説かれたものである。
大宇宙には無数の地球のような世界があり、そこに在す十方諸仏の本師本仏が阿弥陀仏である。釈尊も諸仏も阿弥陀仏を師と仰ぐ。
その阿弥陀仏は無上殊勝の本願を建立なされた。
十方衆生を、至心信楽欲生我国、無碍の一道に必ず救う、と誓われたお約束である。
無碍の一道こそ、万人共通唯一の人生の目的であり、それが無上仏の不可思議の本願力により、平生に、完成できる、と親鸞聖人は教えられている。
聖人自身、『正信偈』に、
無量寿如来に帰命し、不可思議光に南無したてまつる
と、二十九歳の御時、無上仏の大願業力に摂取された事を告白なされている。
無上仏が十方衆生を救い給う誓願を如何にして建立されたのか。
『正信偈』では
法蔵菩薩因位時、在世自在王仏所……
と説かれている。
久遠の昔、阿弥陀如来が、法蔵菩薩と言われていた時のことである。
才智優れ、志願堅く、はるかに常人を超えた法蔵菩薩は師の世自在王仏に合掌礼拝し懇願される。
「師の仏よ、どうぞ私のために広く教えをお説き下さい。師の教えに従い、最勝の浄土を荘厳し、苦悩に喘ぐ十方衆生を救済したいと思います」
「法蔵よ、そなたは十方衆生の実態を知っているのか。地獄と聞いても驚かず、極楽と聞いても喜ばぬ逆謗の屍、十方諸仏が『とても助けられん』と断念した、救い難い者たちであるぞ」
「そういう十方衆生だからこそ、ジッとしてはおれないのです。師の仏よ、私が救わずば十方衆生は苦患に沈む。どうかお許し下さい」
幾重にも法蔵菩薩は許しを請われるのであった。
「法蔵よ、彼らを助けるは大海の水を升で汲み干し、海底の宝をうるより難なことなのだ。それでも汝は為そうとするのか」
なおも、法蔵菩薩の願心は磐石であった。
「ならば願い通りにするがよい」
と世自在王仏が許されたとき、法蔵菩薩は自身が救われたかのように踊躍される。
かくて法蔵菩薩は「若不生者、不取正覚」、十方衆生を無碍の一道に救うことができねば、正覚を取らじと、仏の命を懸けられた。
これが法蔵菩薩の願心である。
この阿弥陀仏の願心あればこそ、逆謗の屍の我々が、無碍の一道まで進ませて頂くことができるのである。
編集後記
阿弥陀仏が成仏前に法蔵と名乗っておられた時、南無阿弥陀仏の名号を創る決意を表明されたお言葉があります。
仮令身止 諸苦毒中
我行精進 忍終不悔〝たとえ身を、諸の苦毒の中に止るとも、我が行は精進にして忍びて終に悔いじ〟
(引用:『大無量寿経』)
このような願心で創られた名号がありましても、いただかなければ信心決定はできません。
どんな特効薬があっても、飲まなければ、病気が治らないのは当然のことなのです。
だから阿弥陀仏は、六字の妙薬を十方衆生に飲ませて助けんと、今なお全力を尽くされています。
これからも東京桜台会館で、真剣に阿弥陀仏の本願を聞かせていただきましょう。