令和4年 親鸞聖人報恩講 恩徳讃

11月は、親鸞聖人報恩講が東京桜台会館で開かれています。
先日行われた秋元先生の法話を紹介いたします。

目次

報恩講とは?

「報恩」とは、恩に報いるという意味で、「講」は集まりということです。

報恩講は、恩に報いる集まりということですが、では誰のご恩に報いるかというと、親鸞聖人のご恩に報いることです。

親鸞聖人のご恩を知るには、親鸞聖人がどのようなことを教えていかれたのかを知らなければなりません。

親鸞聖人はどのようなことを教えられたのか。

今日は法話の後にいつも拝読しております、親鸞聖人の恩徳讃についてお話しします。

 如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 骨を砕きても謝すべし

恩徳讃

命を助けてもらったよりも大きなご恩?

如来とは阿弥陀如来、大悲とは大慈悲のこと。

阿弥陀如来のご恩は身を粉にしても、報いずにはおれない。
と、親鸞聖人は仰っています。

またその阿弥陀如来の本願を教えてくだされた先生方のご恩も、骨を砕いてでも報いずにはおれない、と仰っています。

身を粉にしたら、骨を砕いたら、死んでしまいます。
つまり命を賭けてでも、ご恩に報いずにはおれない、ということです。

命がけでご恩に報いることは、この世には無いことです。

この世で一番のご恩は命を助けてもらうことでしょうが、命の恩人でも自分の命を差し出してまで恩返ししよう、という気持ちにはなりません。

つまり親鸞聖人は阿弥陀如来から、命を助けていただくよりも大きなご恩を受けられたのです。

では、どのようなご恩を受けられたのでしょうか?

100%確実な未来が真っ暗がり

それは、後生暗い心を解決していただいたご恩です。

人間死ねば後生ですが、死は私達の100%確実な未来です。

私達は、未来が明るければ現在も明るくなります。
逆に未来が暗ければ現在も暗くなります。

1週間後に遠足やデートがあれば、今から心が明るいです。
一方で1週間後に生死を分けるような手術があったら、今から心が暗くなります。

「手術は1週間後なんだし、今だけでも楽しくやろうじゃないか」
と言われても、とても楽しめません。

100%確実な未来の行く先が分からない。
そんな後生暗い心が、苦しみの根元なのです。

阿弥陀如来の救いは往生一定の救い

そのように苦しんでいる私達をなんとか助けてやりたいと、阿弥陀如来は本願を建ててくださいました。
「生きている今、後生暗い心を破ってみせる」という本願(=お約束)です。

その本願を聞く一つで、私達は往生一定の身にならせていただけるのです。

往生一定とは、いつ死んでも極楽に往けるに間違いない、とハッキリしたことです。
生きている今、行く先がハッキリするから、死んだらどうなるかの不安が無くなり、今から絶対の幸福になれるのです。

そして今、絶対の幸福になった人は、死んだら極楽往生して未来永遠の幸福に生かされます。

この世だけじゃない、未来永遠の幸福に生かされたからこそ親鸞聖人は
「阿弥陀如来のご恩に対して、命を賭けてでも報いずにはおれない」

と仰いました。

そして親鸞聖人は29歳で救われてからお亡くなりになるまで、
阿弥陀如来のご恩に報いるため、ひたすら阿弥陀如来の本願を伝えていかれました。

編集後記

親鸞聖人から受けているご恩は、私が何のために生きているのか?
その答えを伝えてくだされたご恩、ということを知らされました。

また親鸞聖人のご恩に一番報いることは、私達自身が未来永遠の幸福に生かされること、とも教えて頂きます。

この報恩講を縁に、聞く一つの本願であったと分かるところまで、聞法精進に励みましょう。

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