令和7年8月9日、
東京桜台会館に、吉岡 晃一講師をお招きし、
青年教学セミナーが勤められました。
関東の多くの青年達が集まり、
深遠な仏教の教えに耳を傾けました。
「本道貫く二千畳 永久に伝えん 祖師のみ教え」
令和7年10月25日(土)・26日(日)、
富山県射水市の親鸞会館にて、
世界最大の畳部屋としてギネス登録された
「二千畳」建立20周年記念の
親鸞聖人報恩講が開催されます。
テーマとして掲げられているのは
「本道貫く二千畳 永久に伝えん 祖師のみ教え」
です。
親鸞学徒の歩む本道とは何なのか、
教えていただきました。

人生究極の目的
私たちが生きる究極の目的は、
いつまでも変わらない幸せ、
絶対の幸福になることです。
生きている今ハッキリする、
そんな幸せが教えられているのは、
仏教だけです。
お釈迦さまはそんな絶対の幸福に、
どうすればなれるのかという質問に、
「一向専念 無量寿仏」
とお答えになられています。
「一向専念 無量寿仏」とは、「無量寿仏に一向専念せよ」との厳命です。
まさに「一向専念 無量寿仏」の八字は、ブッダの、生涯説かれた「一切経」の結論であり、ブッダの、最も肝心な教えだと、親鸞聖人も断定されています。
『人生の目的〜旅人は無人の荒野で虎に出会う〜』
「一向専念 無量寿仏」の身になるには
どうすればいいのか。
お釈迦さまの御教えを、決して捻じ曲げることなく
そのまま伝える「善知識」の自覚で活躍された
親鸞聖人は、「三重廃立」の教えを一生涯、
命懸けで叫ばれました。
親鸞学徒の歩む本道とは、
その「三重廃立」を自他に徹底することなのです。

「三重廃立」の教え
「三重」とは、三つのもの、「廃立」とは、
「捨てもの」と、「立てるもの」を
ハッキリ教えることを言います。
親鸞聖人の教えは、「廃立」です。
それでは幸せになれないから捨てなさい。
これなら幸せになれるから立てなさいと、
徹底してくださっているのです。
「当流は廃立肝要なり。」(御遺言鈔)
「真宗の門においては幾度も廃立を先とせり。」(改邪鈔)
三重廃立とは、以下の3つです。
(1)内外廃立:
一切の仏教以外の宗教をすてて仏教を信じよ。
(2)聖浄廃立:聖道門をすてて浄土門に入れ。
(3)真仮廃立:浄土他流をすてて真宗に入れ。
特に今回は、
「内外廃立」について教えていただきました。
「内外廃立」の教え
「内外廃立」とは、
「外道」を捨てて、
「内道」を立てなさいということです。
内道とは、「内側にある教え」ということですが、
何の内側かといいますと、
「因果の道理」の内側です。
「因果の道理」とは何かと言いますと、
「因果」とは、原因と結果ということです。
どんなことにも必ず原因がある。
原因なしに起きる結果は万に一つ、
億に一つもありません。
「道理」とは、三世十方を貫くもの、すなわち
いつでもどこでも変わらないことを言います。
自分に現れる結果はすべて自分のまいた種から
生み出されるという自因自果の法則が、
因果の道理です。
お釈迦さまの説かれた仏教は
すべて書き残されており、7000冊以上に上り、
今日一切経と呼ばれていますが、
それら一切経を貫いている教えが、
因果の道理です。
他の宗教や、狐や狸の霊、先祖や、
手相や印相などが運命を生み出すという考えは、
因果の道理に外れているため「外道」と教えられ、
仏教では、捨てなさいと厳しく教えられます。
善いのも悪いのも、
自分の運命の全ては自分のまいた種が
生み出したものですよと教えられる因果の道理を、
よくよく心に刻むことが、絶対の幸福になるのに、
絶対に必要なことなのです。
我々の心に潜む、外道の心
形の上では外道を信じていないと思っていても、
苦しみや不幸に直面したとき、
「あいつのせいだ」と考えたり、
人智を超えた何かに
原因を求めたりする心が出てきます。
しかし、そういった考えでは
真の幸せにはなれません。
そのような心を捨て、
自分の運命は自分が生み出すのだという
因果の道理を深く納得することで、
他人のせいで苦しんでいるという苦しみが抜けます。
また仏教で教えられる因果の道理は、
単なる事象の因果関係ではなく、
「なぜ私がその状況に置かれたのか」という
私たちの幸・不幸、運命についての
原因と結果の関係を教えているのが、
仏教なのです。
自分の運命は自分のまいた種が生み出す。
日々私たちは、どんな種まきをしているでしょうか。
心の種まきを見つめてみれば、
とても人には言えないようなことばかり、
思い続けています。
お釈迦さまは、私たちの100%確実な未来、
後生には、永く苦患に沈む一大事があると
叫ばれています。
「火の車 造る大工は なけれども
己が造りて 己が乗りゆく」
「地獄」は、「地下にある牢獄」ではなく、
自らの悪業が生み出す、苦しみの世界なのです。
因果の道理を知らされると、
後生の一大事を知り、解決に向かうようになります。
後生の一大事の解決は聞く一つです。
真剣な聞法に励みたいと思います。
聞思して遅慮することなかれ(親鸞聖人)
仏法は聴聞に極まる(蓮如上人)

編集後記
仏教では昔から、夏の一定期間に僧侶たちが
一箇所にとどまり、
教えの研鑚に励む習わしがありました。
これを「安居(あんご)」といいます。
インドの雨季の間、僧侶たちが移動を避け、
一箇所に留まって修行に専念したことが起源です。
暑さの厳しい夏こそ、心を静め、
自分自身を見つめ直し、仏法を学び深めるときです。
お盆の時期、亡くなった大切な方をご縁とし、
自らの無常を見つめ、共に真剣な聞法に励みましょう。