令和7年7月20日、東京桜台会館で、
松本孝典講師、
木口貴史講師をお招きして、
法話が勤められ、
世代を問わず多くの方が親鸞聖人の御教えを
共に聞かせていただきました。
聞法の三つの心がけ

午前は木口貴史講師から、
聞法の三つの心がけを、教えていただきました。
1.我が身の一大事と思う心
「一大事」とは、「後生の一大事」のことです。
「後生」とは、私たちの100%確実な未来です。
私たちは一日生きれば一日、
死に近づいております。
死ぬのは嫌だ、嫌だと言いながら、
毎日、墓場へ向かって行進しているのです。
早ければ今晩かもしれません。
何かのことで吸った息が吐き出せなければ、
吐いた息が吸えなければ、その時から後生です。
80億の全人類、後生と関係の無い人は
一人もありません。
死んだらどうなるか。
この100%確実な未来が
はっきりしていないことほど
不安なことはありません。
この大問題を、後生の一大事と言います。
そしてそれは、他の誰かではない、
「私自身」の問題なのです。
2.聞き難い仏法を聞いていると思う心
「仏法」とは、阿弥陀仏の本願のことです。
後生の一大事を解決してくださり、
この世から未来永遠の幸せに救って下されるのは、
阿弥陀仏の本願のみです。
その阿弥陀仏の本願を聞かせていただくことは、
「無量劫にも稀」であることを、
親鸞聖人のご和讃から教えていただきました。
3.仏法を説く人を尊敬する心
仏法を正しく説かれる善知識は、
阿弥陀仏の本願を、
命懸けで説いてくだされます。
映画「親鸞〜人生の目的〜」の中での
親鸞聖人の
「受けた御恩が無限だから
返す感謝に終わりはない」のお言葉を引かれ、
どんなご苦労も乗り越えて、
命懸けで説いて下される方があるから、
私たちは阿弥陀仏の本願を聞かせて
いただくことができることを知らされました。
聞かせていただく私たちも、
阿弥陀仏の本願を命懸けで、
真剣に聞かせていただき、
後生の一大事の解決をさせていただかねば
ならないことを教えていただきました。
「三願転入」と「従真垂化」

親鸞聖人の教えの根基である、
「三願転入」の教えと、
「従真垂化」というお言葉について
教えていただきました。
「従真」とは、「真実より」ということ。
「弥陀に救われた人は」
「真実よく知らされた人は」
ということです。
「垂化」とは、「化を垂れる」
「化」とは、「化導する、導く」
「垂れる」とは、「そうせずにおれなくなってくる」
ということです。
真実を知った者は、その知らされた真実を
人に伝えずにおれなくなってくるのです。
無上の法には、そういう働きがあるのです。
自分がどれくらい真実を知らされているかを
知りたければ、自分がどれくらい、
伝えたいという気持ちがあるか、
伝える活動をやっているかを
反省してみれば分かるものです。
伝えようという気持ちが薄いとするならば、
まだまだ、分かっていないのです。
「こんな教えとは知らなかった」
「こんな世界があるとは知らなかった」
という気持ちになるところまで、
真実を聞き抜くことです。
どういうことを聞かせてもらっているのか、
どういう教えを求めているのか、
ハッキリ自覚する。そこから出てくるのが、
法施というものであることを、
教えていただきました。
永久に変わらぬ幸せに
救ってくださる阿弥陀仏の本願を、
知らされた真実を、苦しんでいる人々に、
力一杯お伝えしていきたいと思います。
■従真垂化 独り安んじて済むか
こんなに聞きたい人が溢れているのに、
なぜ説く者がいないのか。
こんなに求めている人が
押し寄せているのに、
なぜ与える者がいないのか。
こんなに探している人が
満ちているのに、
なぜ明示する者がいないのか。
こんなに迷っている人が夥しいのに、
なぜ導く者がいないのか。
こんなに空しい人が沢山いるのに、
なぜ真実聞かせる者がいないのか。
こんなに渇いている人が多いのに、
なぜ注ぐ者がいないのか。
寸刻を惜しみ法雨を注ぐ秋は今である。
(高森顕徹先生)