今回は、顕正新聞平成13年11月1日号の内容を紹介します。
東京国際フォーラムにて聖人九十年のメッセージ
秋晴れの空が広がる東京で、平成13年10月7日、高森先生ビデオご法話が開催された。
苦しくとも、生きねばならぬ理由は何か。知り難い「なぜ生きる」の答えを求め、近県からも、無上仏に押し出された親鸞学徒が、東京国際フォーラムに群参した。
なぜ生きる。
人生の目的は何か。
親鸞聖人は、次のように示される。
難思の弘誓は、難度海を度する大船、無碍の光明は、無明の闇を破する慧日なり
引用:『教行信証』
人生を海にたとえて、苦しみの波の絶えない「難度海」と言われている。
越えなばと 思いし峰に きてみれば なお行く先は 山路なりけり
病苦、肉親との死別、不慮の事故、家庭や職場での人間関係、隣近所とのいざこざ、受験地獄、出世競争、突然の解雇、借金の重荷、老後の不安……。
一つの苦しみを乗りこえて、ヤレヤレと思う間もなく、別の苦しみが現れる。
賽の河原の石積みで、汗と涙で築いたものがアッという間に崩されてゆく。
「こんなことになるとは」。予期せぬ天災人災に何度驚き、悲しみ、嘆いたことだろう。
「この坂さえ越えたなら、幸せがつかめるのだ」と、必死に目の前の坂を上ってみると、そこには更なる急坂がそびえている。そこでまた、よろめきながら立ち上がり、「この坂さえ越えたなら」とあえぎながら上ってゆく。こんなことの繰り返しではなかろうか。
苦悩の根元の解明こそ急務
人はなぜ苦しむのだろう。
何事も原因を知らなかったり、間違えたりすると大変なことになる。治る病気も助からない。腹痛でも、胃潰瘍の痛みか、ガンから来ているのか、神経性のものなのか、正しい判断がなければ、的確な治療は望めない。当然、患者の苦しみは除かれないだろう。
「肛門に目薬」の例えなら笑って済まされようが、胃ガンを潰瘍と誤診したらどうなるか。取り返しのつかない後悔が残るだけ。病因を突き止めることが、治療の先決問題であろう。
「人生は苦なり」の実相を見つめ、苦に染める元凶は何か、正しく見極めてこそ、安楽無上の人生が開かれるのである。
“弥陀の誓願は、私たちの苦悩の根元である無明の闇を破り、苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく楽しく渡す大船である。この船に乗ることこそが人生の目的だ”
聖人九十年のメッセージが親鸞学徒の胸に刻まれた。
お金や財産、地位や名誉がどれだけあっても変わらない、苦しい人生の実相を、親鸞聖人はお説きくださっています。難度海を度する大船に乗せていただかねば、真の幸福は獲られないと知らされました
(東京都・Sさんの感想)
参詣したNさん(東京都)は、こう語る。
誰も知らない苦悩の真因を知らされた今、一日も早く、大船に乗せていただけるよう、真剣な聞法に身を沈めます
埼玉県から参詣したAさんは次のように感想を述べる。
政治、経済、科学、医学などの与える幸せは、欲望を満たすものであり、やがて色あせ、苦しみに転じてしまいます。阿弥陀仏に救い摂られた未来永遠の幸福は、欲を満たすことしか知らない私たちの、想像を絶するものと知らされました。多くの人に伝えたいと思います
真の人生の目的を知ったとき、一切の悩みも苦しみも意味を持ち、それに向かって生きるとき、すべての努力は報われる。出世の本懐果たすまで、共に励まし、共に進ませていただこう。
編集後記
「人生に目的はあるのか、ないのか。」
「生きる意味は何なのか」
どこにも明答を聞けぬ中、親鸞聖人ほど、人生の目的を明示し、その達成を勧められた方はありません。
「万人共通の生きる目的は、苦悩の根元を破り、〃よくぞこの世に生まれたものぞ〃 の生命の大歓喜を得て、永遠の幸福に生かされることである。どんなに苦しくとも、この目的果たすまでは生き抜きなさいよ」
聖人、九十年のメッセージは一貫して、これしかありません。
これからも浄土真宗親鸞会東京桜台会館で、人生の目的である阿弥陀仏の本願を真剣に聞かせていただきましょう。