今回は、東京の親鸞学徒、N.S.さんにインタビューをしました!

生まれ育った町はどんなところでしたか?
(N.S.さんの回答)
京都市、京都駅近くに生まれ育ちました。
実家の宗旨は母方が浄土真宗、
父方が曹洞宗ではありますが、
普段仏法の教えに触れることはなく、
法事の時に寺に行くくらいでした。
その時も、お坊さんの雑談を聞くような感じで、
説法らしいことは聞けませんでした。
学校の遠足で、一日乗車券を買って、
京都の寺などをできる限りたくさん回って
調べたことを発表するようなことはありましたが、
その中でも仏教がどんな教えかを
知ることはできませんでした。

どのような子供でしたか?
(N.S.さんの回答)
小さい頃は迷路やパズルが大好きでした。
小学校1年生のとき、私が頼んだらしく、
母は真っ白な自由帳を買ってくれました。
何を描いているのかなと、
母親が自由帳を開いてみたところ、
白い所がないくらいびっちりと迷路が
描かれていて、引いてしまったそうです。
実際遊んでみると、一本だけ正解がある、
ちゃんとした迷路だったそうです。
学校でいたずらをするにしても、
工夫することが好きでした。
実験キットを使用して時限装置を作り、
電球を爆発させて先生を驚かせ、
親が呼び出されたことがありました。
将来は医者になろうかと思っていたのですが、
好奇心を優先する私の性格をよく知っていた母に
「人の生死が関わることはだめ」と
強く引き止められ、今の仕事に就きました。

仏教を聞いたきっかけはどんなことでしたか?
(N.S.さんの回答)
社会人になってから、
金融経済を分析する仕事に就き、
世の中の為になれるように努力しました。
しかし学びを深め、
努力すればするほど見えてくるものは
世の為人の為になれていない実態でした。
経済を分析してみると、仕事の本質は、
結局は、自分の会社さえ儲けさせればいいという
ことになると思います。
表面は取り繕って、
「顧客本位です」と謳っていても、
金融経済は、強い者が、弱い者を搾取します。
知っている者が知らない者を搾取するのです。
投資家に提供される金融商品も、
一見儲かるように見せて、
搾取するものがとても多いのです。
仕事を上手くこなし、会社を儲けさせて、
会社から褒められた時、
自分の中に葛藤を感じました。
会社の先輩に、これでいいのでしょうかと
漏らしたこともありましたが、
「それは偽善だぞ。その仕事で成果を出して、
ボーナスをもらって喜ぶ気持ちがあるんじゃないか」と言われ、
たしかにそうだ。否定できない。
そんなものなのかなと、残念な気持ちに
なりました。
何のために頑張るのか。
それは結局、自分の欲を
満たすためなのだろうか。
それでは頑張るための活力が
湧かないことに悩みました。

世の中のいわゆる成功者、
莫大なお金を稼いだ人との付き合いもありますが、
稼いだ後、人はどうなるかというと、
表面上は幸せそうに見えますが、
本音を聞いていくと、
人生つまらないという人が多いのです。
お金があれば、働かなくてよくなる。
自由に遊ぶことができる。
しかし、そうやってしばらくは遊ぶのですが、
段々とやることがなくなって、
結局また働き出すのです。
いくら稼いでも同じことで、
ずっとゴールがない道を走っていく。
それなら、速く走らない方が
いいのではないか、と思い始めました。
働き始めた頃はもっとお金を得ようと
寝る間を惜しんでがむしゃらに働いていましたが、
果たしてこの人生というものに
ゴールはあるのかと思ったとき、
絶望を感じました。

もちろん、結婚や仕事、子育てなど
ライフステージの一つ一つは嬉しいですが、
人生を最後まで考えた時、
年をとって、子供も巣立って行って…
自分の人生の意味は何なのだろうと思いました。
小さい頃、
実家で、祖母が寝たきりになって、
祖父が介護していました。
子供心に、生きる意味あるのかな、
楽しいのかなと思っていました。
その姿が目に焼き付き、
私が将来、人の世話になるくらいなら
安楽死させてくれと、仏教を聞く前は
周りの人に本気で話していました。
祖父は歳を経るうちに、
友達とも疎遠になっていきました。
人間、歳をとってからが長いと思います。
そこまでに楽しめるものを作っておかないと
いけないと、そのことばかり考えていました。
結局は誰もがそんな状態になるのですから。
ちょうどその頃に、
高校の友人と飲むことがあったのです。
酔った勢いで、世の中で起きている不条理と
感じている苦しみを吐き出しました。
すると友人は、会ってほしい人がいると
言い出したのです。
変なビジネスをする人たちを
多く見てきましたので、
内心、ものすごく怪しいなと思いながらも、
待ち合わせのカフェに行ってみると、
スーツ姿の方が、色々と話をしてくだされたんです。
仏教の話だとは聞かされずに行ったので、
なんだか、仏教の話多いなと感じていたときに、
自分は仏教講師なんですと言うので、
その時はいかにも怪しい!と警戒していました。
仏教を聞いて感動したことはどんなことですか?
(N.S.さんの回答)
話の粗を探してやろうと思いながら
聞いていたのですが、
知りたかったけど、ずっと答えが分からなかった、
人生の目的、生きる意味に答えがあること、
それが仏教に教えられていることを
聞かされて驚きました。
世の中を上手に生きていたとしても
死ぬまで、同じことの繰り返しで、
終わりのない道を進んでいき、
死んだら全部パーになる。
漠然と怖いから、死にたくはない。
しかしこの世でこのために生きているんだと
思えることがない。
だが、死んだ後、いいところに行けるとは
思えない。
ではどうしたらいいか…どうしようもない。
これが当時の私の心境でした。
そんな中で、「人生には目的がある」と
言っている人がいる。
こんな断言をする人には会ったことがなく、
少なくとも今の所はこれしかないなと感じました。
今まで通りにそれを知らずに人生を過ごしていく
選択肢は、ありませんでした。
この世で、こういう漠然とした不安が
解決できるとはそもそも思えない。
しかし今自分に仏教を説いている人は
その解決ができると断言している。
どこからその自信が湧いてくるのか。
この人は何かを知っていると、
惹きつけられていきました。
聞いていく中で不思議に思ったのが、
一向に壺を売ってくるようなことが
無いことでした。
仕事柄、信頼を得てから、いいタイミングで
搾取するものだと思っていましたので。
門徒から搾取して、贅沢している坊さんを
山ほど見てきました。
しかし、話をしてくだされる講師からは、
自分によこせとか、得しようとか、
そういう思いが感じられませんでした。
この人は何が目的なのか。わからない。
それからは定期的に話をしてもらうように
なりました。
仕事が忙しく、なかなか聞けない時も、
友人は定期的に誘ってくれました。

聞き続けようと思ったのはどうしてですか?
(N.S.さんの回答)
綺麗事を言わないからです。
「あなたは素晴らしいですよ、
世の中綺麗ですよ、必ず幸せになれますよ」
こんなように吹聴するものばかりです。
しかし仏教は
「全ての人は悪人である」と説きます。
そうですよね、と思わず言ってしまいました。
真実味を感じました。人間は皆、悪である。
いわゆる天国、何かしら死んだ後の世界が
あったとして、自分がそんないい世界に
行けるはずがないと思っていたんです。
悪を沢山造っているという実感が
すごくあったんです。
その悪を造り通しの中で、
崩れない幸福になれると聞き、
怪しい、本当だろうかと思いましたが、
詳しく聞かせてくださいとお願いしました。
今の聞法・活動の原動力はどんなことですか?
(N.S.さんの回答)
後生の一大事を解決したいと思って
学徒になる決意をしました。
それが根底にあります。
自分はだめだなあと思う部分が沢山あるので、
常に叱られている感じです。
しかし、後生の一大事の解決以外に
目指すべきものはありません。
原動力となるものは色々ありますが、
結局はそれ一つです。
面倒だなと思うこともありますが、
結局、なぜ仏教を求めているんだろうと
振り返る時、後生の一大事を思い出し、
頑張らねばという気持ちになります。
今頑張っていること、今後の抱負は?
(N.S.さんの回答)
最近子供も生まれましたが、
家族皆で、後生の一大事の解決をしたいと
思って頑張っています。
仏法聞いて欲しい。
家族皆で、後生の一大事の解決をしたい。
勿論、何より自分が後生の一大事の解決を
せねばならないという思いではありますが、
縁あって家族になれたのです。
自分のところに生まれてきた。
親鸞学徒の両親の元、
仏縁深い場所に生まれてきた子供です。
そういう恵まれた環境にあっても、
子供のご縁が離れることもあると聞いています。
そうならないように、
家族以外の人への法施も頑張りますが、
今もこれからも、家族と共に求めていくことに
力を入れていきたいと思います。
そのために教学研鑽など、
子供に見せられる姿勢でありたいです。
子供は親を見て、真似するものです。
子供がソファでグダっとしているのを見たとき、
自分が偉そうに座っているのを
真似しているとわかり驚きました。
これからも
楽しいことばかりではないと思いますが、
仏法に前向きで、それが自然な家庭であれば
子供も当たり前に求めていけると思います。
そのために自分を改めていきたいと思います。

編集後記
N.S.さんがご家族の仏縁を念じられ、
姿にかけて法を説こうとされるお姿に
心打たれます。
またN.S.さんはご家族だけでなく、
多くの皆さんに仏法を伝えんと、
青年層の学徒をリードする法施を実践されています。編集者も見倣って精進したいと思います。