昭和50年代にご縁のあった鈴木さんを紹介

今回は、『正定聚』平成6年7月号で紹介された鈴木さんについて紹介します。

目次

熱心な聞法者の拡大へ

昭和50年代に入ると、親鸞聖人の教えを真剣に求める人々が、次々と現れました。

毎週末、日曜日に開催される高森先生のご法話を欠かさず聴聞する人が増え始めたのです。

当時は、遠くからご法話を聞きに行く人の交通手段として夜行列車を使う人もいました。車内では、夜遅くまで熱心に勉強したり、メモを整理したり、隣に座った人に仏教の話をしたりと、教えを求める喜びにあふれた表情が見られました。

熱心に聞き続けるうちに、皆の心の中に「東京でもっとたくさん高森先生のご法話を開催したい」という思いが強くなっていきました。

それまで、山崎弁護士や神奈川の田さん、故・池田さんなどを中心に高森先生を東京にお招きしていましたが、2年に1度という頻度でした。

徐々に大きな会場を探して高森先生をお招きする準備も着々と進められるようになりました。

少人数での準備

現在、東京の親鸞学徒をまとめる鈴木さんが、仏教と出会ったのは、この頃です。

インタビュアー

初めて高森先生と出会ったのはいつですか?

鈴木さん

昭和53年です。ご法話会場は、水道橋の全逓会館でした。

インタビュアー

当時の印象を教えてください。

鈴木さん

今の関東の状況とは全く違います。聞法者も少なく、高森先生のご法話をよく聞いている人はほんの一握りでした。ですから、東京でご法話を開催する準備をするにも、少人数でやらなければなりませんでした。

鈴木さん

高森先生のおもてなしも、申し訳ないことですが、十分とは言えず、控室もご法話会場の一部を仕切っただけの簡素なものでした。

インタビュアー

ご法話中に、今ではほとんど見られないこともあったそうですが。

鈴木さん

全逓会館でご法話の最中に、手を挙げて質問する人がいましたね。高森先生は話を中断して、丁寧に答えてくださったのをよく覚えています。

インタビュアー

高森先生と直接会ってどんな話を聞きましたか?

鈴木さん

高森先生は「東京にはまだ仏教と縁の深い人がたくさんいる。いつか、日本一多く、聞法者があらわれるでしょう」とおっしゃいました。当時、北陸や東海の人たちに比べて、高森先生と縁のある人は少なかったのですが、その後、真実を求める人が驚くほど増えました。

関東での仏教の広がり

インタビュアー

会場探しは大変だったようですね。

鈴木さん

全逓会館はすぐに手狭になり、お茶の水の損保会館、品川のショールーム、東京駅前のホール、両国の国技館と、次々と大きな会場に移っていきました。東京ディズニーランド近くのホールにお招きしました。

インタビュアー

真宗の門徒以外の人も仏教と出会うことが多いのも、関東の特徴の一つですね。

鈴木さん

仏教は聞いたことがないけど、人生の意味は真剣に考えているという40代、50代の会社員や主婦の方も多いです。

鈴木さん

高森先生の話は分かりやすくて、一度聞くと引き込まれて、もっと聞きたくなる、と言われるんです。半分近くは、他の宗派や宗教の方ではないでしょうか。

インタビュアー

関東では親鸞聖人のアニメの上映会もよく開催し、仏教や他の宗教を問わず、人生の意味を探している多くの人々に仏教との素晴らしい出会いを提供されていますね。

鈴木さん

親鸞聖人の教えを伝えるアニメが、人生に悩む人たちを次々と真実へと導いてくれるんです!

と、鈴木さんは熱く語りました。

編集後記

今では東京にも親鸞聖人の教えを学ぶ人がたくさんいますが、ほんの一握りの人しか熱心に聞き求められる人がいなかった時代があったということがよくわかりました。

困難な状況の中、多くの人に聞いてもらおうと、親鸞学徒の先輩ががんばってくれたからこそ、いまこうして東京桜台会館が建立され、私たちの仏縁があります。

多くの方のおかげで今の仏縁があることに感謝し、これからも浄土真宗親鸞会東京桜台会館で阿弥陀仏の本願を聞かせていただきましょう。

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