先日行われた、松本先生の法話を紹介します。
蓮如上人のご遺言について、聞かせていただきました。

どうか皆さん、信心決定してもらいたい
浄土真宗を日本全国、津々浦々にまで伝えられた方が蓮如上人です。
その蓮如上人がお亡くなりになる前に、このようなご遺言を残されています。
あわれあわれ、存命の中にみなみな信心決定あれかしと、朝夕思いはんべり。
(御文章)
まことに宿善まかせとは言いながら、述懐の心暫くも止むことなし。
『あわれあわれ』とは、哀れだなぁ、哀れだなぁ。
仏法は生きている時が大事なのに皆、
死んだらお助け死んだら極楽と間違っている。
という意味です。
『みなみな信心決定あれかし』とは、
どうか皆さん、信心決定してもらいたい。
そのことを朝から晩まで一日中、そのことばかり思い続けている、
というのが『朝夕思いはんべり』の意味です。
遺言はこれ一つ伝えたいことを残しますが、
蓮如上人は「どうか皆さん、信心決定してもらいたい」
と、これ一つ伝えられたかったのです。
信心決定とは、後生の一大事の解決のこと。
苦しみ悩みの根元である、死んだらどうなるかわからない心を
一念で破っていただくことであり、私達の生きる目的です。
宿善一つにかかっている
ではどうしたら信心決定できるのか。
蓮如上人は「宿善まかせ」とおっしゃっています。
まかせ、というのは大変強い言葉です。
病気になったら医者まかせ、船に乗ったら船頭まかせ。
病気が治るかどうかは医者の腕にかかっているし、
船が安全にたどり着けるかは船頭の腕にかかっている。
宿善がなければ絶対に信心決定できないのです。
宿善とは宿世の善業ということで、
信心決定するまでの一切の過去にやった、善い行いのこと。
宿善がなければ絶対に信心決定できないので、
「私は宿善があるのだろうか?」と疑問に思われるかもしれません。
宿善があるか無いか、どうしたら分かるのか?
蓮如上人は「後生を気になる心」か「仏法を尊く思う心」、
どちらかでもある人は仏縁のある人なんです、
と御文章で書かれています。
なぜなら、この心は必ず、仏法を聞きたいという気持ちになるからです。
皆さんも会館に来て仏法聞かれているということは、宿善があるのです。
宿善は待つにあらず、求めるもの
しかし聞法心には強弱があります。
宿善には厚薄があるからです。
宿善の厚い人は信心決定するまでが早く、
薄い人は信心決定まで時間がかかります。
では、宿善薄い人はどうしようもないのか?
そんなことはありません。
宿善が厚くなるご縁を求めればよいのです。
だから宿善は
「待つにあらず、求むるものなり」
と言われます。
宿善が厚くなるご縁は3つあります。
まずは熱心な聞法。
これが最も宿善が厚くなります。
なのでお釈迦様も親鸞聖人も蓮如上人も一貫して、熱心な聞法を勧められているのです。
次に朝晩のお勤め。
お勤めでは、親鸞聖人の正信偈と蓮如上人の御文章を拝読します。
つまり朝晩、親鸞聖人と蓮如上人から教えを聴かせていただいている。
これもまた宿善が厚くなるご縁だからやりなさい、と教えられています。
3つ目が善をすること。
お釈迦様は善を6つにまとめられていますが、
その中でも一番私たちがしやすいのが布施、人に対して親切することです。
信心決定できるところまで、共に進ませていただきましょう。
編集後記
苦しみ悩みの根元である、死んだらどうなるのか分からない心を解決する(=信心決定)。
その信心決定できるかどうかは宿善まかせです。
そして最も宿善が厚くなるのが熱心な聞法だからこそ、
この東京桜台会館も建てられたんだ、と改めて思いを馳せました。
聞かせていただく場所が無ければ、仏法を聞くことはできません。
今年もまた、会館のお世話になりました。