先日行われた、高森光晴先生の学徒セミナーを紹介いたします。
親鸞聖人の御歌について、聞かせていただきました。
親鸞聖人の御歌
おそれおおくも いまここに
(親鸞聖人の御歌)
見真大師が 真宗を
開きたまいし 御苦労を
のべて御恩を よろこばん
世界の光と言われる親鸞聖人のご苦労。
それを歌にするのは恐れ多いのは百も承知だが、頂いたご恩のありがたさ嬉しさから、書かずにおれない、
という作者の気持ちが語られています。
祖師聖人は 九歳にて
(親鸞聖人の御歌)
慈鎮和尚の 門に入り
出家得度 ましまして
比叡の山の 二十年
親鸞聖人は9歳で出家されて、比叡山で20年間ご修行なされました。
親鸞聖人が出家なされたのはどうしてか?
4歳でお父さん8歳でお母さんを亡くされて、
「今度死ぬのは自分の番だ。
死ねばどうなるのか、どこへ旅立つのか?」
さっぱり分からず未来は真っ暗がり。
この「死んだらどうなるかわからない心を解決したい」、という思いで出家を決意されたのです。
未来が暗いままでは現在を明るくできない
私達は明るく楽しい人生を望み、暗い人生のことなど考えたくない、と思っています。
なので4は死を連想させるからか、4号室の無い病院もあるほどです。
しかし私達は1日生きれば、1日死に近づいています。
しかも死は私達の100%確実な行き先。
それにもかかわらず死んだ後がどうなっているか、サッパリ分からない。
お先真っ暗な状態ではないでしょうか?
未来が暗いままでは、いくら現在を明るく生きようとしても、できないのです。
例えば、3日後の大事な試験が、学生の今の心を暗くするでしょう。
5日後の、大手術をひかえた患者に
「今日だけでも楽しくやろうじゃないか」といってもムリでしょう。
後生が暗いと現在が暗くなるのです。
だからこそ親鸞聖人は、「死んだらどうなるかわからない心」の解決一つを求めて、出家されたのです。
阿弥陀仏の本願を聞く一つ
親鸞聖人は比叡山で大曼の難行までなされましたが、
どうにも「死んだらどうなるかわからない心」の解決ができず、
29歳の御時に泣く泣く下山されました。
その後、比叡山のかつての法友・聖覚法印にばったり出会われて、吉水の法然上人にお会いすることができました。
法然上人と親鸞聖人の出会いについては、以下の記事をお読みください。
法然上人は、
「死んだらどうなるかわからない心」の解決は、阿弥陀仏の本願を聞く一つでできる
と教えられました。
それを聞かれた親鸞聖人は雨の日も風の日も真剣な聞法をなされ、
そして阿弥陀仏の本願に救いとられて、「死んだらどうなるかわからない心」が解決されました。
それから90歳でお亡くなりになるまで、阿弥陀仏の本願一つを全ての人にお伝えしようと、立ち上がられたのです。
編集後記
私事ですが、新型コロナウイルスに罹り、38度の熱と喉の痛みから横になっていた時、
「このまま死んだらどうなるのか…?」
と不安に思いました。
普段は忘れている、死んだらどうなるのか分からない心。
これが今を明るく楽しく生きられない根元であり、
これを解決してくださるのが阿弥陀仏の本願とお聞きして、
仏教の凄さを感じずにはおれませんでした。