先日は松本先生に、降誕会を勤めていただきました。

親鸞聖人の教え=仏教
850年経っても、ご生誕をお祝いすることはなかなか無いことかと思います。
それだけ親鸞聖人が教えていかれたことが私達にとって、とても大事なことであったのです。
親鸞聖人の教えや浄土真宗と聞くと、
「今まで誰も説かれなかったことを親鸞聖人は教えられたのだろう」
と思うかもしれませんが、そうではありません。
『御文章』には、次のように書かれてあります。
更に親鸞珍しき法をも弘めず、如来の教法を我も信じ人にも教え聞かしむるばかりなり。
(御文章)
今まで誰も説かれなかった教えなら、珍しい教え、珍しい法です。
しかし親鸞聖人は、そんな珍しい教えは説いていない、と仰せです。
ではどなたの教えを説かれたのかというと、「如来の教法」です。
如来とは釈迦如来、お釈迦様のことです。
教法は教えですから、釈迦の教え、仏教のことを「如来の教法」と言われています。
そのお釈迦様の教え、仏教を、私も間違いないと知らされて、皆さんにもお伝えしているばかりである、と仰っています。
「ばかり」とは大変強い言葉で、それ以外に無い、ということです。
釈迦の教えは阿弥陀仏の本願ただ一つ
お釈迦様の教えはすべてお経に書き残されていて、七千冊以上あります。
「七千冊以上もあるから、お釈迦様は色々な事を教えられたのだろう」と思うかもしれませんが、
「お釈迦様は唯一つ、阿弥陀仏の本願を教えられたのだ」と、親鸞聖人は次のように書かれています。
如来所以興出世
唯説弥陀本願海
(正信偈)
七千冊以上もあるお経を全て拝読し、しかも意味を正しく理解することは大変なことです。
親鸞聖人がおられなければ、私達は
「お釈迦様が仏教を説かれたのは、ただ阿弥陀仏の本願一つを説かれるためであった」、
とは、もう分からなかったでしょう。
この点からも、私達は親鸞聖人から大変なご恩を受けているのです。
では、阿弥陀仏の本願はどのような本願(お約束)か?
現代の言葉で表すと
どんな人をも 必ず助ける 絶対の幸福に
と約束されています。
絶対に崩れない、変わらない幸せにしてみせる、というお約束です。
ではどうして絶対に崩れない、変わらない幸せになれるのか?
どうしたら絶対の幸福に救われるのか?
について、続けて聞かせていただきました。
編集後記
この日は神奈川県から2時間かけて参詣した学徒をはじめ、桜台会館に30人ほど集まって聞かせていただきました。
聞かせていただいた後は、特に心に残ったことや疑問になったことを仏法讃嘆しましたが、
借りている時間が決まっている一般会場と異なり、時間を気にせずに話し合えるのは会館ならではの良いところです。